MENU

祖母がパーキンソン病で亡くなるまで

私の祖母は、パーキンソン病で亡くなりました。死亡診断書の直接死因は「肺炎」です。
もう20年近く前の話です。
当時はまだ「パーキンソン」という言葉も珍しく、有名なハリウッド俳優がカミングアウトする前で、
私たち家族の知識もほぼゼロの状況でした。
原因はわかりません。でも私なりに考えているのは、
祖母は祖父が亡くなってからうつ病になりました。そのときに服用していた薬の副作用として、パーキンソン症状が出てきたのではないかと
思っています。
最初は頭痛から始まりました。
毎日毎日、「頭が痛い」と頭を抱え込んでいました。まだ小学生だった私は、その訴えを気に留めることもできませんでした。
あるとき、母が言いました。
「おばあちゃん、電車の中でベロを出したりひっこめたりするのよ。みんなじろじろ見てて恥ずかしかった!」
この頃から不随意運動が出ていたのですが、それが病的なものだとだれも気付きませんでした。
散歩に出かけた祖母が、近所の方に連れられて帰宅しました。額から血を流して。
小走りに走り出して、自分でも止められなくなり電柱にぶつかって倒れていたそうです。
ここで初めて病院に行きましたが、若い研修医の診断は「アルツハイマー」
当時、メジャーじゃなかった「パーキンソン病」を出すには経験不足だったのでしょう。

先生から出された間違った薬は、祖母をさらに苦しめました。
明け方、トイレの前で失禁し、自室の物をめちゃくちゃに壊し、ストッキングをキッチンで火にかけ
学校から帰ってきた私に自分の爪を食べさせようとして、ようやく誤診だとわかりました。
そこからは長い闘いでした。長い闘いですが、とてもゆっくりとしたものでした。
徐々に手の振戦がひどくなり、足の筋肉が硬直し歩けなくなり(当時はリハビリも積極的でなく)しまいには顔の表情筋も侵され、
笑うことすらできなくなっていきました。私が小学生のときに発症した祖母。成人式で着物姿のまま
施設へ行きましたが、微笑んでくれることはありませんでした。
そうした闘病生活13年。 寝たきりにありがちな肺炎を併発し、痰がつまり死亡。
当時は年齢的にも技術的にも、手術は不可能とされていました。
しかし今は研究も進み、優れた内服薬や新しい治療法が開発されています。
また、早期のリハビリを受けなかったことも悔やまれますが、今であればリハビリの開始指示も早いことでしょう。
さらなる研究結果が出ることを期待しています。